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着床の最近の話題:胚と母体との対話
ー着床機構の基礎研究から臨床へー
京都大学 産科婦人科学 助教授 高倉 賢二
(日本産科婦人科学会雑誌 第53巻 弟8号)
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はじめに
卵管発育,排卵,卵管における受精と胚の発育,子宮への着床という一連の現象を経てはじめて妊娠が成立するが,この複雑で精緻な機構の中でも最も未解明の点が多いのは着床機構についてであろう.
難治性不妊症に対する治療として急速に普及している体外受精胚移植法(IVF-ET)をみても,新鮮胚を用いた場合,採卵成功率(採卵総回数/治療周期総数)は96.4%(33,206/34,450),胚移植性効率(胚移植回数/採卵総回数)は81.3%(26,996/33,206)と,ともに良好であり(日産婦報告,2000)1),卵巣刺激に伴う卵巣過剰刺激症候群など,種々問題点を包含しているとはいえ,着床までの過程はほぼ克服できているとはいえる.その一方で,移植当たりの妊娠率は22.6%にとどまっており(日産婦報告,2000)1),複数個の胚を移植していることを考えると,移植された胚の90%以上は着床に至っていない現状である(高倉ら,1998)2).しかも妊娠成績hここ10年以上ほとんど改善されておらず,その原因はまさに着床率の低さにあると考えられる.IVF-ETの低調な妊娠成功率を改善するためには,着床率を向上させることが最も重要であり、これにより妊娠成績の改善のみならず,過剰な卵巣刺激に伴う多胎や卵巣過剰刺激症候群などのIVF-ETに合併する危険も回避できる可能性がある.
このように着床機構の解明は臨床的にも大きな命題であるにもかかわらず,未解明の点が多い主要な理由のひとつは適当な着床モデルを用いた実験系が確立していないことであろう.胚を扱う必要があるので,ヒトでの実験は倫理的に施行困難であり,われわれは発生学の領域で幅広く研究されているマウスを用いて,in vivoし,「胚と母体との対話」に着目した着床機構に関する一連の基礎的な解析を行った.これにより,着床周辺期の胚と母体との間には緊密な双方向性の対話が存在し,特に,これまであまり注目されなかった胚から母体へのシグナルの存在が明らかになった.この成果の臨床応用としてIVF-ETにおける“two-step
embryo transfer(2段階胚移植法)”を開発し,こでまでに良好な妊娠成績をえているので併せて紹介する.
「胚と母体との対話」の観点からみた着床研究
1.胚から母体への対話
(1)胚の存在そのものが子宮内膜の胚受容能を促進する
In vivoにおいては,卵管膨大部で受精した卵は,4,5日間卵管内で発育しながら子宮に向けて輸送され,受精後4〜5日で桑実胚あるいは胚盤胞となって子宮腔に到達し,受精後約6日間で着床が開始する3).着床が開始するまでの5〜6日間に,胚はただ受動的に輸送されるだけなのか,あるいは母体に対して,積極的な働きかけを行っているのかという点を明らかにするために,マウス(ICR)を用いて,in vivoの実験を行った4)〜6).
これは卵管内に胚の存在するレシピエントと,通常の偽妊娠状態のレシピエントを作成して胚移植を行い,その着床率を比較して,胚の存在そのものが自己の着床に影響を与えるか否か検討したものであり,具体的方法論は以下の通りである. @交配翌日に子宮卵管移行部で両側卵管結紮を行い卵管内に胚の存在するマウス(卵管結紮妊娠マウス),A偽妊娠マウス,B両側卵管結紮後交配を行ったマウス(卵管結紮非妊娠マウス),C両側卵管結紮後交配を行った偽妊娠マウス(卵管結紮偽妊娠マウス)の4群をレシピエントとして,Day4(腔栓確認日をDay1とする)の胚を子宮内膜内あるいは子宮腔内に移植し,4群のレシピエントにおける着床率(着床胚数/移植胚数)と子宮内妊娠率(妊娠個体数/移植固体数)を比較検討し,表1の結果を得た.すなわり,卵管内に胚が存在する場合(卵管結紮妊娠マウス)においては,存在しない場合に比べてim-plantation
windowが前後に拡大した.また,各群のレシピエンドから得られた子宮内膜組織のPCNA免疫染色により,卵管結紮妊娠マウスでは,それ以外のレシピエンドより間質細胞のPCNA陽性率が著名に高く,卵管内の胚が子宮内膜に作用して胚受容能を促進することが明らかとなった.
すなわち,着床するまでの間,胚は積極的に母体に働きかけて,事故の着床に適した環境を整備していることが想定されるのである.また,卵管は配偶子や胚をただ輸送するだけでなく,着床に向けた胚からのシグナルを母体に伝える情報発信基地として重要な役割を果たしているともいえよう.これらの概念はこれまでほとんど着目されておらず,着床機構の解明に新たな視点を提供するものといえる.
(2)子宮内膜における胚依存性遺伝子発現機構の存在
卵管妊娠においては胚周辺の卵管内膜が局所的に脱落膜様変化を来す.胚周囲以外の卵管内膜ではこのような変化が認められないので,これをエストロゲン(E)やプロゲステロン(P)の作用で説明することは困難である.実際,卵管内膜を培養しても子宮内膜とは異なり,E/Pにより形態的あるいはPRL産生からみた機能的脱落膜化を惹起することはできない.胚依存性に卵管内膜の形態変化が起こっているものと考えるべきであろう.
われわれはマウスの子宮内膜間質細胞(ESC)のin vitro脱落膜化実験系を確立し7),さらに胚盤胞とESCの共培養によりin vitro着床モデルの作成を行い8),胚と子宮内膜の間の相互作用,すなわち,前述したin vivoにおける,胚依存性の子宮内膜における胚受容能誘導機構の存在をさらに実証するための実験を行った.
胚盤胞とESCとの共培養によるin vitro着床モデルで,胚がESCの脱落膜様変化を誘導することが明らかとなり(図1)8),卵管妊娠における卵管内膜の胚依存性形態変化と同様の現象が子宮内膜でも起こることが確認された.さらに,マウスESCのin vitro脱落膜化実験系において,E/P投与により形態的に脱落膜様変化が起こるだけでなく,ヒトと同様にPRL遺伝子発現が誘導されることを明らかにしたうえで,図2に示すような,@胚とESCが接着した条件,A胚とESCを離して液性成分のやりとりは存在する条件の二種の系で共培養し,ESCにおけるPRL遺伝子の発現を検討した.この結果,胚によりESCのPRL遺伝子発現が誘導され,これには胚がESCに直接触れる必要がなく,胚から分泌される液性成分により惹起されることが明らかとなった.PRLだけでなくd/tPRP(脱落膜/絨毛膜PRL関連ペプチド)遺伝子についての検討でも同様の結果が得られた. 最近,ヒトにおいてはhCGがESC脱落膜化の中心的役割をはたしているとの報告があり9)10),ESC脱落膜化誘導因子は胚から分泌されるhCGの可能性が想定された.しかし,われわれのヒトESCにおける検討では,hCGによって脱落膜化は誘起されず,脱落膜化の主要な因子はPであることが明らかとなり,hCG脱落膜化説は否定的と考えられた11)12).マウスにおいてはhCGに相当する物質は存在しないが,このESC脱落膜化誘導因子,あるいは胚受容能誘導因子の同定は着床機構および脱落膜化機構の解明によって重要なものとなろう.


(3)Embryo−priming”の概念の提唱
これまで述べたように,胚によってESCの形態的および機能的脱落膜化が誘導されることが明らかとなり,灰は着床周辺期において卵管で育まれながら子宮腔に運ばれるだけの受け身の存在でなく,胚自身が子宮内膜(母体)に積極的に働きかけて自身の着床に向けて周到な準備すなわち,胚による子宮内膜胚受容能誘導機構(embryo−priming”)が存在するのである.
2、母体から胚への対話
受精卵は卵管を移動する間も発育を続け,その存在のために栄養補給など,受精から分娩に至るまで母体から手厚い庇護を受ける.このように胚が母体から積極的な働きかけを受けていることは明らかであるが,われわれは子宮内膜と胚との相互作用という観点からこれを検討した.
胚盤胞とESCとの共培養によるin vitro着床モデルを用いて,ESC脱落膜化の胚に及ばす作用をみると,E/P添加により脱落膜化を誘起した場合,E/P非添加群にくらべて胚の面積でみた胚発育は明らかに促進された(図3).また,位相差顕微鏡で胚の形態を観察すると,E/P添加群では輪郭が不鮮明で辺縁が不整となり,脱落膜化により形態的なintegrityが保たれることが示唆された(図4).さらに透過型電子顕微鏡を用いてトロホブラストとESCの境界部分を観察すると,E/P非添加群ではESCの細胞間にトロホブラストが入り込んでおり,あたかも浸潤しているような増殖様式を示した(図5).E/P添加群では胚とESCの境界線がスムーズで,トロホブラストの浸潤像は認められなかった.このようにESCの脱落膜化により胚発育が促進されるだけでなく,トロホブラストの増殖も制御されることが明らかとなった8).すなわち母体によりトロホブラストの発育が制御されていることが確認された.
臨床応用−Two-step embryo transfer(2段階胚移植法)”
われわれの検討により,胚依存性子宮内膜分化機構(embryo-priming”)と子宮内膜脱落膜化による胚発育・トロホブラスト増殖制御機構の存在することが明らかとなり,着床周辺期に胚と母体との間で積極的な対話があってはじめて着床と以後の胚発育が正常に経過することが示唆された(図6).このような視点からIVF-ET法とGIFT法の成績を振り返ると,GIFT法で有意に高い妊娠率が得られるのはembryo−priming”が存在するか否かという点からもある程度説明できよう. IVF-ET法でembryo-priming”を応用した手法として考察したのがtwo-step
embryo transfer”である.これは採卵2日後にembryo-priming”を目的とした胚を2個移植し,5日後に本命ともいうべき着床を期待する胚盤胞を1個移植するという方法であり,倫理委員会の承認を経て1999年6月よりその臨床応用を開始している.図7にそのプロトコールを示した.採卵2日後(Day2)において2細胞期異常の肺を4個以上有することを適応基準としている.Day2において形態が最も良好な胚は2段階目の移植の候補とし,それについて良好な2個の胚をまずDay2に移植する.表2に従来法と比較したtwo-step
embryo transferの成績を示す.Day2にのみ胚を移植する従来法に比較して症例当たりの妊娠率および胚当たりの着床率が有意に改善されている. 近年,胚盤胞移植がおこなわれるようになり,その利点として,@移植胚数を減らして多胎の発生を制御する,Aより良好な胚を選択することができる,B胚移植の時期をin
vivoに近い条件で行える,C着床前遺伝子診断が行えるなどの可能性が指摘されている13).しかし一方で,@胚移植までに胚が変性してキャンセルになる率が高くなる,A女児より男児の出生が多くなる,B一卵性双生児の頻度が高い,C凍結できる胚が少なくなるなどの可能性も指摘されており,2001年1月に米国生殖医学会は体外受精胚移植法の第一選択とはならないとする見解を表明している13).
胚盤胞移植において,さまざまな問題点が指摘される中で,two-step embryo
transferとこれまで報告されている主な胚盤胞移植の成績を比較すると(表3),two-step
embryo transferは臨床妊娠率は胚盤胞移植に匹敵し,多胎妊娠率は低い傾向がある.また,胚盤胞が得られない場合にもDay2に2個の胚を移植するので,結果的に治療周期そのもののキャンセル率は低くなるものと考えられる.今後の展開が期待される.


表2 Two-step embryo transferの成績
|
Day 2 ET a |
Two-step ET b |
移植周期
平均採卵数
平均受精卵数
移植胚数
臨床妊娠数(%)
胚当たり着床率
多胎妊娠数 |
32
10.3
7.3
3
13 (40.6)
15.6
2 (15.4) |
75
10.0
6.6
3
50(66.7)*
28.0*
13(26.0) |
a Two-step embryo transferの適応を満たしているが,Day2(採卵2日後)に3個の胚移植を行った症例
b Two-step embryo transferの症例
* p < 0.05
表3 胚盤胞移植とTwo-step embryo transfer
報告者
(報告年) |
移植胚数 |
移植周期数 |
臨床妊娠率
(%) |
多胎妊娠率
(%) |
| Day 2 |
Day 5 |
Jonse et al. (1998)
Jones et al. (1998)
Gardner et al (1998)
Gardner et al (1998)
Milki et al. (1999)
Milki et al. (1999)
two-step embryo transfer |
0
0
0
0
0
0
2 |
3
2
3
2
3
2
1 |
29
19
15
25
24
29
75 |
48.3
36.8
87
68
75.0
75.9
66.7 |
35.7
14.3
39
53
61.1
31.8
26 |
胚盤胞移植の報告は移植胚数ごとの妊娠成績が明らかなものを示した
多胎妊娠数/臨床妊娠数
多胎妊娠数/on-going数
おわりに
IVF-ET療法の成績は決して満足できるものではなく,いまだ発展途上の治療法であるといえ,その根本的な原因は着床率が不良であることに求められよう.その成果を臨床応用(two-step embryo transfer”)するに至った経緯について述べた.embryo-priming”という概念は着床機構解明のうえで新たな視点を提供するものと考えられる. (注:本研究は滋賀医科大学産婦人科教室(主任:野田洋一教授)で行われたものである.)