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産婦人科領域における深部静脈血栓症

浜松医科大学産婦人科教室  助教授 小林 隆夫 先生 
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静脈血栓塞栓症の説明と、妊産婦に忍び寄る肺塞栓症 産婦人科領域の静脈血栓塞栓症
産科婦人科での血栓症の病因と、リスク因子 静脈血栓塞栓症の症状と診断
静脈血栓塞栓症の予防および妊娠中の管理 静脈血栓症予防のまとめと問題点
質疑応答 「妊婦さんの血栓予防」冊子紹介

 「肺動脈に血栓、突然死急増」という内容で、2000年に読売新聞に掲載された記事がありました。10年で3倍に増えたという事実は良いのですが、「無防備な手術横行」という容認できない見出しがありました。記事内容を抜粋すると、「帝王切開後、肺血栓塞栓症により死亡した症例があり、担当医が予防法は知りませんでしたと告白した。予防法が遅れる理由として、日本では稀な疾患と考える医師が多く、関心が低いことにある」というのです。私は今まで、血栓症をいろいろと研究してまいりましたが、「我々は今、こういう予防をしているのだ」ということを世の中の人に納得してもらわないといけないと思い、日本血栓止血学会に新しく発足した静脈血栓症/肺塞栓症検討部会の部会長としてこの問題に取り組むことになりました。さらに、日本産婦人科新生児血液学会の事業として、日本の血栓症の現状を調査することが承認され、現在、わが国のエビデンスに基づいた血栓症予防ガイドライン作成に取り組んでいるのです。
手術についての質問
Q1 予定帝王切開施行時の麻酔は通常以下のどれですか?
1、脊椎麻酔および/または硬膜外麻酔
2、全身麻酔のみ
3、全身麻酔および硬膜外麻酔
4、その他
Q2 予定帝王切開施行時の体位は通常以下のどれですか?
1、砕石位
2、仰臥位
Q3 予定帝王切開施行時、静脈血栓症の一般的予防措置を講じていますか?
1、早期離床、下肢拳上、足の背屈など
2、術後に弾性ストッキングまたは間欠的空気マッサージおよび1
3、術中から術後にかけて弾性ストッキングまたは間欠性空気マッサージおよび1
Q4 予定帝王切開施行時、静脈血栓症の薬剤による予防措置を講じていますか?
1、薬剤は使用しない
2、リスクファクターがある場合にのみ使用
3、全例に使用する
Q5 薬剤は何を、いつから使用していますか?
1、術後止血確認後ヘパリンを使用
2、術後止血確認後低分子ヘパリンを使用
3、術前から術後にかけてヘパリンを使用
4、術前から術後にかけて低分子ヘパリンを使用
5、その他の薬剤を使用
静脈血栓塞栓症の説明と、妊産婦に忍び寄る肺塞栓症
深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症(静脈血栓塞栓症)
・深部静脈血栓症(Deep vein thrombosis,DVT)など静脈からの血栓遊離により肺動脈を閉塞し、急性および慢性の肺循環障害を招く病態を肺血栓塞栓症(Pulmonary thromboembolism,PTE)という。そして、これらを総称して静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism,VTE)と呼ぶ。
・欧米では、1年間にDVTは200万人以上、PTEは約60万人発症しているが、そのうち約6万人が死亡している。
・わが国でも、生活習慣の欧米化に伴い、近年増加傾向にある。
肺塞栓症(羊水塞栓症を含む)の妊産婦死亡率に占める割合
・1978〜1986年における米国での妊産婦死亡は、出産10万人に対し9.1。
PTEはその27.1%を占め、第一位。
・わが国における産科的肺塞栓による妊産婦死亡率の推移(母子保健の主なる統計より)
30
18/76

23.7 14/78
20
15/106 17.9

14.3
10 19/323

5.9
80 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00
産婦人科領域の静脈血栓塞栓症

産科領域における肺塞栓症 婦人科領域における肺塞栓症
・欧米における症候性DVT:分娩1000に対して
 0.5〜7
・妊婦は非妊婦の5倍以上高率
・2/3が妊娠末期から産褥期に発症
・帝王切開では経膣分娩の7〜10倍高率
・PTEの頻度は、分娩2500〜10000に対し1。
 無治療では、18〜30%が死亡。
・PTEは、欧米先進国の妊産婦死亡率第1位
術後肺塞栓症の発症頻度(1993〜1997の5年間)
−慶応義塾大学産婦人科の統計、青木ら−

妊娠関連を除く婦人科疾患手術患者
3,203例中26例(0.8%)、年々増加
リンパ節郭清を伴うRadical operationでは、3.8%
とくに傍大動脈リンパ節郭清施行例では、7.8%
浜松医科大学における症候性静脈血栓塞栓症の発症頻度(産科:平成3年から12年) 浜松医科大学における症候性静脈血栓塞栓症の発症頻度(婦人科:平成3年から12年)
・平成3年から12年に10例の症候性DVTが発症し、
 うち1例がPTEを合併。しかも9例は平成10年から
 12年までの3年間に発症。
・症候性DVTの発症頻度
10年間の総分娩数からみて:0.4%(10/2550)
最近3年間だけでは     :1.4%(9/655)

10年間の帝王切開からみて:0.9%(5/577)
最近3年間だけでは     :2.2%(4/182)
・平成3年から12年に7例の症候性DVTが発症し、
 うち2例がPTEを合併。しかも全例悪性腫瘍患者で、
 平成6から11年までの5年間に発症。
・症候性DVTの発症頻度
10年間の総手術数からみて    :0.4%(7/1486)
10年間の悪性腫瘍手術数からみて:2.8%(7/252)
最近5年間だけでは
 総手術数からみて         :0.6%(5/854)
 悪性腫瘍手術数からみて     :3.8%(5/132)
深部静脈血栓症/肺塞栓症:産科症例のまとめ 深部静脈血栓症/肺塞栓症:婦人科症例のまとめ
・産褥(2〜5日)     :60%
・帝王切開後       :50%
・34歳以上の高齢出産 :50%
・BMI27 以上       :50%
・上記以外の合併症   :40%
 すなわち、BMI27以上の高齢者の帝王切開は、
産褥が特に危険!必ず予防を!
@子宮体癌手術症例に特に多い。
・BMI25以上
・年齢は関係なし
A子宮頚癌治療後のリンパ節再発症例。
・術後患者には、正座をさせない!
B進行卵巣癌では、術前から血栓症がある。

外科手術後における静脈血栓塞栓症のリスク別発症頻度

<高リスク>  下腿静脈   大腿/腸骨静脈  致死的肺塞栓
骨盤内悪性腫瘍手術 40〜80% 10〜30% 1〜5%
最近DVTまたはPTE
既往で40歳以上
<中等度リスク>
40歳以上で30分以上 10〜40% 2〜10% 0.1〜0.8%
40歳以下でピル内服中
35歳以上の緊急帝王切開
(Nicolaides AN, et al: Int Angiol 1997;16: 3-38より引用、一部省略)

産科婦人科での血栓症の病因と、リスク因子
血栓症の病因(Virchow' triad)
@血液凝固の亢進
 妊娠中は、凝固亢進・線溶抑制。血液濃縮による血液粘性亢進(妊娠後半期のHt37%以上は要注意)。
 Thrombophilia など
A血流の停滞
 性ホルモンによる静脈平滑筋弛緩。長期臥床例や肥満例での筋ポンプの減少。妊娠子宮による下大静脈や
 骨盤内静脈の圧迫。Iliac compression syndrome(左下肢に血栓ができやすい)など
B血管内皮の損傷
 分娩や帝王切開による子宮や骨盤内静脈の損傷。妊娠中毒症や感染(前期破水、子宮内、術後、産褥期)に
 よる血管内皮障害。
血栓症のリスク因子(一般的)
・血栓症の家族歴・既往歴(thrombophilia)
・抗リン脂質抗体陽性
・心疾患(うっ血性心疾患、心筋梗塞、不整脈など)
・血液濃縮(ヘマトクリット40%以上)、脱水
・中心静脈カテーテル留置、血管カテーテル操作
・肥満(BMI26以上)、高脂血症
・高年齢
・喫煙
・悪性腫瘍
・重症感染症
・外傷・骨折
・長時間の手術
・ その他

血栓症のリスク因子(産科領域) 血栓症のリスク因子(婦人科領域)
・高齢妊娠(35歳以上)
・肥満妊婦(妊娠後半期のBMI28以上)
・重症妊娠中毒症・前置胎盤・重症妊娠悪阻・
 切迫流早産などによる長期ベッド上安静
・産褥期、とくに帝王切開後
・常位胎盤早期剥離、子宮内胎児発育不全の既往
・卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
・著明な下肢静脈瘤など
・卵巣癌手術(リンパ節郭清や輸血施行例)
・子宮癌手術(同上)
・砕石位の手術
・巨大子宮筋腫、巨大卵巣腫瘍手術
・腹腔鏡下手術(長時間の気腹式)
・骨盤内高度癒着の手術
・ピル服用者や閉経後のホルモン補充療法
 施行婦人など

活性化プロテインC抵抗性(APCレジスタンス)
・先天性APCレジスタンス(Factor V Leiden)
 凝固第X因子の遺伝子異常で、APCの分解を受けにくい異常遺伝子(Arg506→Gln)が原因。
 コーカサス人種の約5%にみられるが、日本人を含むアジア系人種での発生はない。
・後天性APCレジスタンス
 a)妊娠 b) 経口避妊薬服用 c)抗リン脂質抗体症候群 d)悪性腫瘍など
活性化プロテインCに対する感受性が低下することが、血栓症の誘因となる。

浜松医科大学における習慣性流産(1991−2000)
原   因  症 例(%)
染色体異常  1(2.9%)
子宮奇形・頚管無力症  4(11.8%)
自己免疫疾患  7(20.6%)
{抗リン脂質抗体症候群}  4(11.8%)
原因不明  22(64.7%)
合   計  34(100%)
*3例が習慣流産後血栓症を発症

APCresistanceと習慣流産
2回以上原因不明の習慣流産78例においてAPC SR(APC sensitivity ratio)を測定し、
コントロール139例と比較。
APC SR≦2.0で、Factor V Leiden陰性の例を後天性APC resistanceと定義した。

結果: First trimesterの習慣流産
37例
Second trimesterの習慣流産
41例
コントロール
139例
後天性APC 27% 49% 8%
レジスタンス (10/37) (20/41) (11/139)
Factor V 16% 22% 6%
Leiden (6/37) (9/41) (8/139)
(Younis JS. Am J Reprod Immunol 2000; 43:31-5)

Thrombophilia and Gestational Vascular Complication
以下の既往妊娠がある場合、次回の妊娠時の血栓症に注意!
★妊娠中毒症
★常位胎盤早期剥離
★子宮内胎児発育不全

静脈血栓塞栓症の症状と診断

深部静脈血栓症の臨床症状 深部静脈血栓症の診断
・下肢の浮腫・腫脹・発赤・疼痛・圧痛などが、術後や
 分娩後24時間以降、多くは歩行開始後2〜3日に
 出現する。また、患部を触診すると熱く感じる。
・Homan`s sign:膝関節伸展位で足関節を背屈させる と、腓腹筋に疼痛を感ずる徴候
・Pratt`s sign腓腹筋をつかむと疼痛が増強する徴候
・Lowenberg`s sign:マンシェットで加圧、
 150oHg以下で疼痛を訴える徴候
・臨床症状により疑いをもつ
・血液所見:FDP D-dimer、トロンビン・アンチトロビ複
 合体(TAT)、CRP、白血球の増加
・超音波断層装置、とくにカラードップラー法
・静脈造影
・MRアンギオグラフィー
・血流シンチグラム
・DVTの診断がついた場合には、PTEの有無を検索
急性肺血栓塞栓症の臨床症状 肺血栓塞栓症の診断
・最も多いのは突然発症する胸部痛と呼吸困難であるが、軽い胸痛、咳嗽から血痰やショックを伴い失神する
 ものまで多彩である。

・早いものでは手術後12〜24時間に急速に発症する
 こともあるが、歩行を開始した術後2〜3日に発症する
 ことが多い。

・血栓症は左下肢にできやすいが、肺塞栓症は右下肢
 の血栓が危ない!

・分娩後や術後患者が多呼吸と頻脈を呈したら、
まず肺血栓塞栓症を疑う!

(もちろん、不全子宮破裂などの出血原因を否定してください)
胸部X線写真:心陰影の拡大と横隔膜の拳上。
 肺門部肺動脈の膨隆(Knuckle sign)と
 末梢血管陰影の消失(Westermark`s sign)
心電図:洞性頻脈、不整脈、前胸部誘導での
 陰性T波、V5の深いS、新しいSQTパターンや
 不完全右脚ブロック、右軸偏位
血液ガス:肺動脈圧上昇、PaO2の低下と
 PaCO2の低下(多呼吸による)
心エコー図:右室負荷に伴う右房・右室の拡大、
 収縮期における心室中隔の左室圧排像、
 三尖弁閉鎖不全など
MRI、造影CT:血栓描出
核医学検査:肺血流スキャンで血流欠損、
 肺換気スキャン正常(肺血流換気不均衡)
肺動脈造影:血栓による血管内の陰影欠損像
 (flling defect)、血流途絶像(cut off)、壁不整など
臨床的に深部静脈血栓症が疑われた場合 酸素解離曲線による酸素飽和度と酸素分圧との関係
・視診、触診(下肢の腫れ、Homan`s sign等)
・血圧、脈拍、呼吸状態の把握
・経皮的酸素飽和度(パルスオキシメータ)
・血液検査(血算、CRP、フィブリノゲン、Dダイマー、
 PT、aPTT、TT、凝固系チトラート採血後血漿分離し
 冷凍保存)
・(超音波カラードップラー)
・(胸部X線)
・ヘパリン5,000単位皮下注して、搬送






SpO2








酸素分圧 PaO2
PaO2
20
27
30
40
50
60
70
80
90
100
SpO2
35
50
57
75
83
90
93
95
97
98
静脈血





←critical point

動脈血

oHg
a:正常な動脈血 v:正常な混合静脈血 
c:クリティカルポイント  (
Pa02<60,SpO2<90

静脈血栓塞栓症の予防および妊娠中の管理

静脈血栓塞栓症の一般的予防
静脈血栓塞栓症の薬剤による予防
手術後は全例に行うことが望ましい。
@早期離床:通常、術後24時間以内には歩行を開始。
そのためには硬膜外カテーテルより持続疼痛除去対策などが必要。
A下肢拳上、膝の屈伸、足の背屈運動など
B弾性ストッキング(Graduated compression stocking)
C間欠的空気マッサージ(intermittent pneumatic leg compression:IPC):足底マッサージのAV impulseと下肢マッサージのSequential compression system
D脱水予防(十分な輸液:1500〜2000ml/日は必要)
リスク因子がある場合に行う。
@ヘパリン(カプロシン、ヘパカリン)術後6〜12時間後より(止血を確認できたら術直後からでも可)5000単位を1日2回皮下注、3〜5日投与。
A低分子ヘパリン(フラグミン)
術後6〜12時間後より 75IU/Kg/日を1日2回皮下注、3〜5日間。出血の副作用が少ないので
欧米ではルーチン。しかし、わが国では保険適応がありませんので、注意。

ヘパリンと低分子ヘパリンの比較
 ヘパリンが低分子ヘパリンより優れている点   低分子ヘパリンがヘパリンより優れている点
★血栓症の予防投与が可能
(わが国では、低分子ヘパリンは、DICと体外循環
のみ適応であるが、欧米では第一選択剤)
★妊婦に対する投与可能
★安価
★半減期が1〜1.5時間と短く、硫酸プロタミンで
阻害可能
★出血が少ない
★血小板減少(HIT,Heparin induced
thrombocytopenia)が少ない。
★アレルギー反応が少ない。
★骨粗鬆症を起こしにくい
★血液凝固モニターリングの必要性が低い
★半減期が2〜3時間程度
ダナパロイドナトリウム(オルガラン)

★ヘパラン硫酸を主成分とする低分子量ヘパリノイドで選択的第Xa因子阻害剤
★出血や血小板減少等の副作用がヘパリンに比し少ない。HIT症例の代替療法
★半減期が20時間のため1日1回投与可能                       
★妊婦に対する投与が可能                                 
★わが国では、DICのみ保険適応

妊娠中の予防 分娩前後の予防
<先天性thrombopilia、抗リン脂質抗体陽性、血栓症の既往歴などを有するハイリスク妊婦>
 妊娠中からヘパリンの予防的投与。5000単位皮下注射を1日2回。ヘパリン血中濃度は0.1〜0.2IU/ml程度に保つ。
 なお、これらの症例では、妊娠初期(妊娠前)から低用量アスピリンを併用することが多い。妊娠中にはワルファリンを原則として投与しない(催奇形性のため)。
 分娩に際しては、陣痛誘発前や陣痛発来後は一旦ヘパリンを中止するが、分娩後止血を確認したらできるだけ早くヘパリンを再開し、その後ワルファリンに切り換える。ワルファリンは分娩後最低6週間から3ヶ月は投与する。
 ヘパリンの胎児移行や母乳移行はないとされている。ワルファリンの母乳移行はほとんどないが、乳児にはビタミンKシロップを投与した方がよい。
妊娠中に静脈血栓塞栓症が発症した場合の治療
<DVTのみであり、PTEを合併していない場合>
★抗凝固療法が第一選択:
ヘパリン5000単位静注後、15000〜20000単位/日の持続点滴、またはヘパリン5000単位皮下注射後、15000〜20000単位/日の1日2回皮下注射。または、低分子ヘパリン(フラグミン) 100IU/kg 1日2回皮下注射。

発症直後の血栓溶解療法は有効。ただし、妊娠中は出血や常位胎盤早期剥離の危険があるため、妊婦への投与は原則として行わない。

<PTEを合併している場合:集学的治療>
@呼吸循環動態の改善(高次機関やICUに搬送)
・中心静脈カテーテルやSwan−Ganzカテーテルを留置し、循環管理。
・酸素吸入や人工呼吸器による呼吸管理。
・抗ショック療法(ステロイド、塩酸ドーパミン、塩酸ドブタミン等)
A薬物療法
・抗凝固療法:ヘパリン、低分子ヘパリン
・抗血小板療法:塩酸チクロピジン、ジピリダモール、アスピリン
・血栓溶解療法:UK、tPA(PTE発症直後であれば有効性は高い。ただし、現在は保険適応はない)
B外科的療法
ショックや低血圧、乏尿が持続する場合は、人工心肺を用い直達式肺塞栓除去術。血管内視鏡やカテーテルによる血栓吸引療法。
深部静脈血栓症合併患者の分娩、手術管理
・深部静脈血栓症合併患者の分娩・手術(帝王切開も含む)に際しては、術前に一時的下大静脈フィルターを挿入(腎静脈分岐部より末梢側)したほうが良い。但し、血栓が器質化している症例での経膣分娩に関しては、まだevidenceは明確ではない。
・術前・術後にヘパリン療法を併用し、フィルターは術後10日前後で抜去する。
・フィルター抜去数日前よりワルファリンも併用し、抜去後はワルファリン単独に切り換える。
下大静脈フィルターで肺塞栓症を予防できるか
(Decousus H, et al: N Engl J Med 1998;338)

肺塞栓症のリスクが高い急性深部静脈血栓症400例

 永久的下大静脈フィルター挿入群:200例
 下大静脈フィルター非挿入群:200例  
および
 ヘパリン投与群(aPTTを正常人の1.5−2倍に延長):205例
 低分子ヘパリン投与群(100IUXa阻害活性/Kg/日):195例
以上を登録後8〜12日投与、4日目からワルファリン(INR:2−3)を最低3ヶ月投与。

評価:登録12日後と2年後
  
結果: フィルター挿入群 フィルター非挿入群 Odd Ratio
12日後
肺塞栓症
2(1.1%) 9(4.8%) 0.22
2年後
肺塞栓症
6(3.4%) 12(6.3%) 0.50
DVT再発 37(20.8%) 21(11.6%) 1.87
死亡 43(21.6%) 40(20.1%) 1.10

結論:下大静脈フィルターは、深部静脈血栓症の発症初期段階では肺塞栓症の予防になるが、長期的にみれば非挿入群と差はない。むしろ低分子ヘパリンの予防効果の方が大きい。

脊椎麻酔および硬膜外麻酔下でのヘパリン使用の是非
脊麻または硬麻後の血腫形成症例のうち
抗凝固薬投与症例:1906−1994:30/61(49.2%) (Vandermeulen et al.: Anesth Analg 79,1994)
             1966−1995:25/51(49.0%) (Medline)
・脊椎麻酔では、22万回に1回
・硬膜外麻酔では、15万回に1回
脊椎麻酔及び硬膜外麻酔下でのヘパリン使用法
術前:
 低分子ヘパリン(ヘパリン)投与12時間以降に穿刺
術後:
 低分子ヘパリン(ヘパリン)投与12時間以内にカテーテルを抜去しない。
 カテーテル抜去後2〜3時間以降に低分子ヘパリン(ヘパリン)投与。
 穿刺を頻回に行った症例には、投与しない。
 神経学的所見を8時間毎に観察。
 血腫形成症例では、早期に診断(MR)し、治療する。
脊麻または硬麻後の血腫形成リスク因子
・高齢女性の整形外科術後
・薬剤使用:抗凝固薬、抗血小板薬、非ステロイド系消炎鎮痛剤など
・凝固因子欠乏症患者
・血小板減少者患者
・穿刺回数(頻回の穿刺)
・針の太さ、など穿刺の困難さ
穿刺の条件
PT:
  50%以上
aPTT:
  正常上限以内
血小板数:
  8万/μl以上
出血時間:
  8分未満
外来および在宅でのヘパリン使用について
・ヘパリン投与は入院が原則。
・外来での投与は、1日2回皮下注射に通う。保険診療が認められている。
・在宅での自己注射は、1日2回皮下注射を行うが、保険診療が認められていない。充分な凝固系検査、自己注射の技術習得およびインフォームドコンセントがあれば、可能であるが、混合診療でもあり、現状では困難。
静脈血栓症予防のまとめと問題点
予防のまとめ
・全例に対して:早期離床、足の背屈運動、充分な輸液などの励行。抗線溶剤(トランサミン)などの術後投与は
慎重に!術後のHtは30%前後が理想的。
・リスク因子を有する場合:砕石位の手術は避ける。手術中からマッサージや弾性包帯。術後や分娩後は、間欠的空気マッサージおよび予防的ヘパリン療法!
術中止血を確実に!出血も怖いが血栓症も危険!
本人および家族へのムンテラ
・本人に対して:血栓症のリスク患者には、術後や分娩後の血栓症発症の可能性を話し、早期離床や予防法を充分に説明する。
・家族に対して:PTEは臨床症状が出現してから、十分な検査をする間もない短時間に急死したり、または不可逆的多臓器障害を発症することもある。このような不幸な転帰をとった場合、家族に対しては本症について十分に説明し、理解を得ることが重要。
静脈血栓塞栓症:今後の問題点
・産科的肺塞栓による妊産婦死亡率は、第一位
・帝王切開後の産褥(高齢、肥満)に多い
・婦人科悪性腫瘍(子宮体癌)で増加
・深部静脈血栓症/肺塞栓症は生活習慣の欧米化に伴い、近年増加傾向
・妊娠初期および術前検査として凝固スクリーニングの必要性
 静脈血栓塞栓症は予防可能
質 疑 応 答
司 会  どうもありがとうございました。質問などがあると思いますので・・・
質 問 血栓ができてしまったら、マッサージしないという、判断はどこでみるのですか?


 症候性の血栓症があるとわかった場合ですね。予防と治療はぜんぜん違いますので、今日の話は予防の場合を中心にお話しました。症状があった場合は、D-dimerを測定すれば明らかに高値のはずです。そして、エコーなどで血栓症が確認されたような場合には、絶対マッサージをしないでください。肺塞栓症を誘発する恐れがあるからです。
質 問 そうなった場合の血栓が肺塞栓をおこす確率は、非常に高いですか?


 おおよそですが、深部静脈血栓症の3割程度は、肺塞栓症になる可能性があります。整形外科で最近明らかになったデータですが、人工膝関節置換術後ではなんと約60%に無症候性も含めた血栓症が下肢にできるそうです。そのうち20-30%位は肺に飛んでいると考えられています。ただし小さい血栓が肺に飛んでも症候性にはなりませんので、症候性肺塞栓症は数%前後のようです。術中から小さい血栓が飛ぶのは、ある意味では仕方ないことです。こういうケースでは、下大静脈フィルターを通るような小さな血栓で、たとえ肺血管の末梢に詰まっても自然に溶解されるため、臨床的には無症状なのでしょう。
質 問 もし、肺塞栓症が起こった場合に、どこへ送ればいいのですか?胸部外科が専門科なのですか??


 肺塞栓症が、京都大学病院や府立医科大学病院で起こった場合でも、産婦人科ではたぶん治療しないと思います。ICUに搬送し集中治療しますので、麻酔科医、心臓血管外科医、放射線診断医等が担当します。肺動脈造影、抗凝固薬投与、さらには血栓除去手術が必要となる場合もあります。一刻でも早く送ったほうがいいですね。搬送する前にヘパリン5000単位を皮下注射してください。そして、血管を確保してバイタルもチェックしながら、心臓血管外科に搬送してください。
質 問 歩行された後、浮腫がありますね、もちろん痛いとかそうゆうことは、ないのですが・・・


 妊婦さんの浮腫は、夕方になれば8割くらいにみられます。妊婦に浮腫があるのは当たり前なので、浮腫と血栓が一概に結びつくとは言えないと思います。浮腫に左右差がある場合や、静脈瘤がある場合は、血栓症も考慮しなければなりません。とくに、高度な静脈瘤がある患者さんは注意してください。血栓が表在静脈にできるか、深部静脈にできるかの違いですので、血栓ができやすいことに変わりないわけです。しかし、単なる浮腫の場合にはそれほど問題はないです。ただ、子宮体癌や子宮頚癌などで根治術後に発症するリンパ浮腫には注意が必要です。
質 問 もうひとつ、先天性AT欠乏症は、どのように診断するのですか?



 先天性AT欠乏症は、血漿中AT活性とAT抗原量を測定すればわかります。通常はスクリーニング検査しないので、わが国における頻度は不明でした。最近、国立循環器病センターの宮田先生が、吹田スタディーというスクリーニングをいたしまして、人口約500人に1人がAT欠損症であることがわかりました。大阪近郊で500分娩を扱っていたら、1人くらいあたる確率になります。そのくらい頻度が多いのです。ただ我々はそうとは知らずに接しているので、無症状の場合は全くわからず、結構埋もれている症例があるものと思います。症状がある人を調べたら、欠乏症がかなりの頻度で見つかるかもしれません。肺塞栓症研究会で309症例の肺塞栓症を解析した結果では、血栓性素因は約6%でした。それ以外は、血栓性素因がなくても様々なリスクファクターが存在しているのです。今後はわが国におけるリスクファクターを明らかにし、それぞれのオッズ比を算出し、できれば点数化してガイドラインを作成したいと思いますが、とりあえずは大まかなガイドラインを提案し、実行に移すことが大切だと思います。
質 問 AT欠乏症であるという、疑いをもつ場合は、どんな症状を基準にしたらいいのですか?


 先程お話したなかで、妊娠中毒症、常位胎盤早期剥離、習慣流産、子宮内胎児発育不全のような既往歴がある場合は、調べたほうがいいと思います。正常な妊娠・分娩を経験している場合は、確率が低いはずです。これらの異常がみられた人は、産褥2ヵ月くらいで検査を行います。妊娠中はいろいろな検査を行っても、非妊娠時とかなり違うデータがでるものです。したがって、次の妊娠までにいろいろ検索して診断しておいたほうがいいと思います。
質 問 帝王切開時の麻酔ですが、帝王切開後の血栓症予防のためハイリスクの場合は、ヘパリンを使うといわれましたが、硬膜外麻酔や脊椎麻酔もしている。どうしたらいいのですか?ヘパリンを使ったら出血が怖いし、ヘパリンを使わなかったら血栓症も怖いし。


 脊椎麻酔・硬膜外麻酔後の血腫形成は、一生あたらないと思えるくらい頻度は低いのです。しかし、あたってしまったらそれが全てなので、血腫形成リスク因子を注意してください。穿刺もすんなり入り、凝固因子欠乏等なければヘパリンを使っても問題ないといわれています。実際に我々が行っている治験でも、問題ありません。ただし、何回も穿刺した場合は、ヘパリンを使わないほうがよいでしょう。術後もヘパリン投与時にも刺入部をみて、異常がないことを確認してはじめてヘパリンを投与するのです。術後の場合ですが、患者さんのためには2日も寝込むより次の日には歩かせるほうがよい。鎮痛薬もいろいろあるので、それを使ってもよいのです。カテーテルを抜くときも、さっと抜くのではなく、異常がないことを確認してゆっくりと抜く。そして、抜いた後は3時間して異常がなければヘパリンを投与するなどの注意が必要です。極めてリスクが高い、ないしは血栓症ができている場合は、術後必ずヘパリンを使うわけですので、前日に硬膜外カテーテルを留置するとか、全身麻酔だけでやるなどの配慮が必要でしょう。
質 問 外陰部に静脈瘤ができている、下肢でなく外陰部の場合は??



 外陰部だけの場合は、分娩後すぐに静脈瘤は小さくなりますので、問題ありません。下肢の場合は、表在静脈に血栓ができていますが、深部静脈でないから肺に飛ぶことはありません。しかし、血栓はできていますので、高度な下肢静脈瘤はリスクが高いのです。妊娠時にできた外陰部の静脈瘤は、そんなに問題はありません。
質 問 D-dimerが血栓症の指標になるのはわかるのですが、具体的にどのくらい上がったら、注意しないといけないのですか?術前、術後でみないといけないとは思うのですけど。


 平均値の+2SD以上と思います。たとえば、平均値の+2SDが8ng/mlの場合、もし、D-dimerが10ng/mlだったら、この場合は過剰に血栓ができているようだから静脈血栓症の検索をしてくださいと提言ができるかと思います。術後患者全体で判断するのではなく、例えば、帝王切開後ではいくら以上、悪性腫瘍疾患の場合はいくら以上、良性疾患の場合はいくら以上というように疾患別に分けて、D-dimer平均値の+2SD以上は要注意だと提言したいと思います。これはまだ途中なので、症例数を増やして検討中です。
司 会  先生、どうもありがとうございました。