「人のこころ 観音のこころ」       
  清水寺貫主  森 清範 先生
 東山清水寺の住職でございます、今日このような機会でお医者さんの前でお話をさせていただくご縁をつくっていただき有難く存じます。皆様、平素人の命と向いあい、色々とご苦労下さっていますこと、心より敬意を表します。
 少しお寺の紹介をさせていただいて、仏教は何を説くのかというお話をさせていただきたいと思います。
<清水寺の観音信仰>
 清水寺は778年創建、1200年以上の歴史をもつお寺で、太秦(うずまさ)の広隆寺と並ぶ古いお寺で、誰からも親しまれ、観音様の霊験あらたかなお寺でございます。日本の古典文学では、『源氏物語』、『枕草子』、『平家物語』、室町時代になりますと謡曲、狂言、御伽草子、江戸時代には浄瑠璃・歌舞伎・古典落語にも清水の観音様は登場しているわけでございます。
 平安時代末の後白河法皇の『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)、今様という現在でいう歌謡曲集のようなものの中に「観音のしるし見する寺―観音の霊験あらたかなお寺はどこか、清水・石山・長谷(はせ)の御山」といわれ、観音信仰の入り口的な存在であり、遊山的な要素を持っていたお寺として人々に親しまれてきたわけでございます。
 600年前の『義経記』(ぎけいき)では、清水の舞台で牛若丸・弁慶が刀の取り合いをしたとありますが、いつの間にか五条大橋でということになっています。
 清水寺の風景
<ご開帳で心を開く>
 記録をひも解きますと、秘仏のご本尊さまのご開帳を行うということは、人々の人気を集めていたのであります。今年243年ぶりに奥の院のご本尊のご開帳でございます。ここでご開帳ということにどんな意味があるかと申しますと、本尊の前に戸帳が掛かっているのを開ける、お扉を開ける、普段しまっているものを開ける。普段我々は「貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)・慢(まん)・疑(ぎ)・悪見(あくけん)」という煩悩(ぼんのう)により、心の中にある仏様に気がつかない。その扉を開けて、仏様に気がつきましょうというものが、真言の教えにありまして、秘仏の拝み方であります。人間の心の中は複雑怪奇でございまして、人間ほど最善を行うものもないが、人間ほど最悪を行うものもいない。善と悪とが心の中に入り混じっている。その中にある善なるもの・最善なるもの・仏様なるものをみつけようと。
<心の中の善と悪>
 ある雑誌を読んでおりましたら、小学校3年生の女の子の詩が出ておりました。この詩は、人間の心の中に善と悪とが葛藤しているなということが非常によく現れております。「チューインガムひとつ」という詩です。
『先生、怒らんといて。先生、怒らんといてね。私、ものすごく悪いことをした。私、お店屋さんのチューインガムを取ったん。1年生の子と二人でチューインガムを取ってしもうたん。すぐ見つかってしもた。きっと神さんがおばさんに知らせはったんや。私、物も言われへん。体がおもちゃみたいにかたかた震えるねん。私が1年生の子に「取り」と言うたんや。1年生の子が「あんたも取り」と言うたけど、私は見つかったら嫌やから、「嫌や」と言うたん。1年生の子が取った。でも、私が悪い。その子の百倍も千倍も悪い、悪い、悪い、私が悪い。お母ちゃんに見つからへんと思うとったのに、やっぱりすぐ見つかった。あんな怖い顔のお母ちゃん、見たことない。あんな悲しそうなお母ちゃんの顔、見たことない。死ぬくらい叩かれて、「こんな子はうちの子と違う、出て行き」、お母ちゃんが泣きながらそう言うねん。私、一人で出て行ったん。いつでも行く公園に行ったら、よその国へ行ったみたいな気がしたよ、先生。どこかへ行ってしまおうと思った。でも、なんぼ歩いてもどこへも行くところがあらへん。なんぼ考えても足ばっかり震えて、何も考えられへん。こっそりうちへ帰って、魚みたいにお母ちゃんに謝ったん。けど、お母ちゃんは私の顔を見て、泣いてばかりいる。私は、どうしてあんな悪いことをしたんやろ。もう二日も経っているのに、お母ちゃんはまだ寂しそうに泣いている。先生、どないしよう。』
 この詩は善と悪というものを、じっと自分の心の中にあるものを見据えている。そして、一言も自分の自己弁護をしていないということがもう実に明らかです。
 これを私は日本の国会議員の先生方に「一遍聞かしたい。悪いことをしとっても、『俺は悪くない、俺はやってへん』。一遍この詩を聞かせて、本当に自分の心の中の善と悪というものをしっかりと見定めていただきたい」と思うのです。人間の心の中に本当にこの善と悪とがこんなに入り混じっている。人間の煩悩―「貪・瞋・癡・慢・疑・悪見」というようなものを取ってしまえと、口でいうのは優しいのですけれども。人間の煩悩は取ろうと思って、取ってしまったら人間でなくなる、仏様になってしまう。我々は人間なのです。人間であって、仏さまの世界が見えてくるということもあるのですから、私はそんな取ってしまう必要はない。そのまま置いておいて、その先に善なるものを見つけようと。この方が私は非常に早いのではないかと思うわけです。
 例えば『夢は夢なるを知らずして、夢覚めて夢と知る』という言葉がある。夢の中に入っている時は、夢とは分からない。夢が覚めて初めて、今のは夢かということが分かる。つまり、だまされていても、だまされている時はだまされていることは分からないのです。無明(むみょう)・煩悩という類のものです。
<ただ一人の自分という存在>
 お釈迦さまが誕生なさいました時に、皆さんご存じのように「天上天下(てんげ)唯我(ゆいが)独尊」と言ったのです。これは、人間の心の中にある煩悩というやつはそのまま置いておいて、その中に光るものを見つけよということなのです。この天上に人間を支配する絶対者はいないと、この地上にも人間を誘惑したり、堕落させたりするそんな悪い神さまはいないということなのです。この言葉は2500年昔のインドの宗教事情を考えますと大変なことです。当時は一神教で、その神さまが我々を支配するというその宗教形態でした。そんな中で神はいないということを唱えるということは大変なことです。この天上にも、この地上にも神様はいませんと。それでは、何があるのか。唯我、「唯」という字と「我」という字で、「唯我」というのは、一人一人みんなは違った存在でありますということです。たとえ兄弟であれ、親子であっても皆違う。いわんや世界中の人はみんな環境も違えば、皆違うというのが「唯我」です。したがって、我々はみんな唯我という存在です。独特な存在です。そして、それが唯我独尊、「独」というのは独立の「独」、一つということで、それが尊いのだという意味です。その違っているその一人一人が尊い。仏教は、「是一切衆生」といいますから、生けとし生けるものすべてということでございますけれども、いわんや人間をやと。
 2500年昔のお釈迦さまの提唱なさいました人間ほど尊い存在はない。これが私は仏教の結論になるのではないかと思うのです。「人間存在の尊厳を自覚せよ、人間存在の尊厳なるものを見よ」、このことをお釈迦さまがおっしゃったのだろうと、私は思うわけでございます。
<一字の中の世界観>
 毎年年末に清水寺の舞台で行われている行事で、その年を漢字一字で表現したらどんな字になるかというものがございます。漢字能力検定協会の募集で投票が一番多かった漢字が、その年の一字となるわけです。
 「戦」(平成13年)という字を書いた時に、お叱りのお手紙をいただきました。「宗教者が『戦』と書いて、どないしはりますか」という内容でした。私は「決してみんなが戦いを望んでいるわけではない。現実は戦いである。だから、戦いのない世界をわれわれはつくっていかなければいかんのと違うのか、そういう祈りの込められた『戦』ではなかったか」とご返信を申し上げたわけです。
 「帰」(平成14年)の時には、『百寺巡礼』を書かれている作家・五木寛之さんから「帰」についての感想を求められました。私は「帰」という字は本当にほっとすると申し上げました。
古里に帰る、故郷に帰る、子供心に帰る、旅行でもして家へ帰る。一日お仕事をなさってうちへ帰る。これはほっとする思いがするのです。京都の人は人を送りだす時に、「行ってらっしゃい」でなく、「お早うお帰りやす」といわはります。師匠がお出かけしはります時に「行ってくるぞ」とおっしゃると、弟子の私達は「お早うお帰りやす」と言って、皆頭を下げて送り出しました。師匠が帰ってきたら「お帰りやす」と、皆並んで師匠を迎えたわけです。
 清水の舞台
<原点に帰る>
 それでは、「帰」とは何に帰るのか、どこに帰るのか。それは人間の原点に帰るということを皆さんが思っておられたのではないだろうかと。原点に帰る。その原点とは何か。これはお釈迦さまが申しましたように人間存在の尊厳―「人は生まれながらにして尊厳なる存在であって、誰もそれを侵すことはできない、傷つけることもできない、尊い存在である。」―これに帰る。一字を投票された皆さんが、そう考えられて「帰る」という字を選ばれたのではないかと。
 そうしますと、政治の原点、経済の原点、教育の原点、宗教の原点、いろいろな原点があるが、それぞれ原点が違うのかというと、私は違いがないと思うわけです。それは「人間存在の尊厳」へと、みんな帰っていく。教育の原点も、政治だってそうだと思うのです。
 2001年アメリカでテロがございました。それから、アフガンで戦争があったり、イラクであったり、イスラエルとパレスチィナでまだ戦争を、小競り合いやっています。もう方々でやっている。政治というのはやはり人間の幸せというものを、一人一人の幸せというものをよく考えていかないと、命の尊さというところにいかないことにはどうにもならないのです。
 新聞のコラムで、「今アジアで6カ国会議をやっている。その中で一番問題になっているのは核兵器とそれから北朝鮮の体制保障ということが、その焦点になっておる。しかし、北から脱北をしている。命がけで脱北してくる。今日、食べるものもないと言われるようなそんな人のことがなぜあの6カ国会議の中で焦点に上ってこないのだ。人間を軽視しているのと違うのか」というような内容のものがありました。また経済と言ったって、経国済民ですから、国を経営し、そして皆さんを幸せにしていく、安心をして生活を送れるようにとしていかないといけない。政治も経済も、教育も、人間の尊厳なるものは何か。ここに焦点を置かないと、なんぼ倫理だとか、なんぼ道徳だとかを教えてもあかんのです。人々を幸せにしていくことが大切なのです。
 仏教は、この人間存在の尊厳を結論として心を順々に説いていくものだと、私は理解するのです。そうしますと、仏教は非常に分かりやすい。
<心が反映させる唯識思想>
 仏教はすべて心の宗教でありますけれども、心というものが非常に組織的に系統的に学術的にインドで説かれるようになりましたのが、4〜5世紀ごろのことです。
 仏教はいろいろ段階を追っていって、いろいろ時代があるのですけれども、紀元前後に大乗仏教というものが生まれまして、そして4〜5世紀ごろにさらにそれを批判する形で出てきたのが瑜伽行派(ゆがぎょうは)という一つの学派です。瑜伽といいますのは、禅定(ぜんじょう)です。その禅定という中から出てきた一つの学派が瑜伽行派という一つの学派です。ヨーガというのですけれども、この瑜伽行派という学派が打ち出しました一つの思想が唯識思想という考え方です。
 この唯識というのは心ということです。ただ心の、唯心論を継承しております。これを唯識所変という。我々の社会現象というものは、社会の現象というものすべては唯識所変である。ただ心から現れ出たところのものであるという唯心論を説いております。この唯心論と唯識所変からいきますと、いわゆる社会現象が人間の心の反映である。この世の中にいろいろなものが出没してきますけれども、それはみんな自然発生したのではなくて、我々の心がそれを作り出したものである。それが所変ということです。
 戦争も勝手に起こっているのではない。戦争も戦争をする人間があって初めて戦争が起こるのだというのです。勝手に火が燃えたようにぽっと燃えるのではない。その代わり、平和も勝手にできるのとは違う。平和も人間が平和というものを構築していかなければならない。こういうことが唯心論の中にあるわけです。
 ユネスコの前文に「戦争は人の心の中で起こるものであるから、人の心の中に平和の砦(とりで)を築かなければならない」とあります。これは第ニ次世界大戦の終わった後にできておりますけれども、そこで人間の心の中に平和の砦を築かなければならない。つまり、社会現象というのは人間の心から出てくるものであると。
 唯識思想では、四分説というのを述べております。四分というのは、まず我々が物を見るという時には四つの分かれ方があるというのです。相分(そうぶん)、見分(けんぶん)、自証分(じしょうぶん)、それから、証自証分(しょうじしょうぶん)です。物を見ると、必ずこの四つが働く。私が物を見たら認識をする。そして自証分というのは、さらにそれを確認するということです。
<心で見る、認識する、理解する>
 「識体転じて二分に似たり」、識体とは、物を認識するという自体分。つまり人間の心とは、識体、つまり自体分というこの心が転じて見分と相分が出ているのだと。だから、見られる対象というのは、私が客観的存在を見るというのではなくて、見るというのは実は私の心をそこにかけたものを実は私が見ているのだと。見られているものは私の心を見ているのだと。心にないものはその世界ではないというわけなのです。
 物の理解というものは私に理解の力がなかったら、理解できないのです。このものを100%理解しようということは、私が100%の力を持っていないと、100%を見られないと。つまり、このものは私が私の心をかけたものを見ているのだと。私の心をこれに転じてこれを見ているのだと。見る方と見られる方は一つなのだというのは、識体が自分に転換しているだけのことであると考えるのが、この四分という説の考え方であるわけです。
 私の非常に親しくさせていただいております大学の先生が東京におられまして、その先生から感動するお話をうかがいました。
 その先生が教鞭をとる教室で、授業が終わると掃除のおじさんが必ず入ってくる。そのおじさんと親しくなり、「60くらいの年令なのに、教室の掃除をしているのですか」と聞いたそうです。するとそのおじさんは、「実は私は高校まで行って、そして今の会社で部長を務め、定年を迎えました。定年後の就職は他にもあったのですが、どうしてもこの学校の掃除夫になりたかった」と。なぜかと聞いたら、「大学に行きたくて、一所懸命に勉強をして大学にいよいよ入学できるといった時にお父さんが急に亡くなり、それで大学に行けなかった。でも今更勉強をして、大学に入るというようなものはもう僕はしんどいから、ともかく教室に入るだけでいい。それで、私はこの大学の掃除夫になったのです」といわれたそうです。
 私は感動と共にその時に思ったのは、この掃除をされている方が見た教室の黒板と、嫌々大学に通っている学生とでは、黒板は同じ黒板ですけれども、見る心が違うと。見る心が違うからこの黒板は違うはずなのです。
 私は今ここで話をさせていただいているのですけれども、皆さん方一人一人の識体が違うものですから、それぞれの違った立場を持ってそれをご覧いただいている。つまり、露呈しているのです。見ているということは、私が露呈しているということ。私が話しをしているというのは、私が露呈しているということです。これはなかなか厳しいものだなと思うのです。
 京都の天竜寺というお寺がございますが、明治の初め頃、峨山(がざん)和尚という偉い管長さんがおられました。
 関東の落語家の人達は禅寺で、皆座禅をしたという話が『禅門逸話集成』の中にあります。
老師の指導の下、圓朝さんという落語家が座禅をしておりました。
 老師:「圓朝」
 圓朝:「はい」
 老師:「分かったか?」
 圓朝:「何がですか?」
 老師:「分かったかと聞いとるんだ」
 圓朝:「分かりまへん」
 老師:「ああ、そうか。もう一遍、座禅をしてこい」
 何遍も何遍も言ったのです。時間が経って、最後に
 老師:「圓朝、分かったか?」
 圓朝:「分かりました」
 老師:「おう、分かったか。それでいいんや」
と言って許したと。
 これだけでは、何の話か分かりません。私が想像するに、「圓朝」と言って、「はい」と返事をした。普通は圓朝が「はい」と言ったと思うのです。でも、そうではないのです。圓朝が「はい」ではないのです。「はい」が圓朝なのです。圓朝が「はい」と言ったのではなくて、「はい」そのものが圓朝なのです。
 例えば、部屋を掃除する、私が掃除をしたのではないのです、掃除そのものが私なのです。
お茶碗を陶芸家の先生がつくった、それは陶芸家の先生がつくったのではなくて、茶碗そのものが先生なのです。
嘘を言うと、私が嘘を言ったのではない、嘘そのものが私ということなのです。
 すべてが、私がここに露呈していますということ、何をしても露呈をしているということなのです。
<私も貴方も認め合う、一つになる>
 トルストイという有名な方がおられますが、この方は「宗教とは心の方向転換である」と言っています。宗教とは心の方向転換。それでは、どの方向にわれわれは心の方向を転換していかなければならないのか。「人間存在の尊厳」に方向転換をしていく。こういう転換の方法がある。
 「私はこの世の中で天上天下唯我独尊です。こんな尊い存在はありません」。このように私が言っても、これはあかんのです。「お前は確かにそうだ」と言って、認知してくれる人がなかったら、絵に描いたぼた餅です。
 私をその通りだと言ってくれる一番早い方法が一つだけある。それは進んで人を認めていくということです。人の尊さというものを、尊厳というものを進んで私が認めていくことが、私を認めてくれる一番早い道ではないかと。そこにお互いが許し合い、支え合い、そして助け合っていくという、総合的なそこに心の流通というものが私は出てくるのではないかと。そこに一体感というものがある。
 孫や息子や娘、もう目に入れても痛くありません。なぜか、一つなのですよ。孫が私の中にいるのです。だから、孫はもう目に入れても痛くない。息子さん、娘さんも一体で、心が解け合っている、一つなのです。そこに慈愛というか、愛というか、そういうものが湧き上がってきて、そしてお互いが思いやる。
 衷恕(ちゅうじょ)という言葉がございます。衷恕は、これは孔子の言葉で、思いやるということです。今の忠恕は「忠」ですが、孔子の時代は「衷」でした。「恕」は自分を自分が思う心なのです。自分を自分が一番大切にする心のごとくに人を思うということが、「恕」という字のつくり方であると私は聞いているわけですが、この一体感に慈愛というものが生まれる。
 清水寺には、平成12年ご開帳の記念として桜を1,000本植えた千本桜がございます。その植えたての2mぐらいの苗木は、夏の雨が降らない時に、葉っぱが乾いてしまって頭を垂れていたわけです。それで植木屋さんに、「これを放っておいたら君、枯れるで。分かっているか」と聞いたら、「考えています、私はここへ毎朝来て、桜と私は問答をしています。この木はおっしゃるように水が欲しいというてます。しかし今ここで、この木に水を欲しいだけやったら、この木は将来あかん。水がなかったら、必ず水をくれはるという木になってしまう」と。「だから、枯らしたらあかんから、ちょっとやらなあかんけれども、カラカラな地面だけど、その中にある土の中の湿気を細かい毛のような根から少しでも吸い上げようとする木にしないことには、この木は将来枯れる。だから今、私はじっとこの木と問答をしています」と私に植木屋さんが言うものですから、なるほどと思いました。桜の植木と、植木屋さんが一体になっている。そこに本当の慈愛というものを感じているのだと。
<己を知り、人間存在の尊厳を実践>
 私はそういう人間存在の尊厳、ここを焦点にして、宗教というものがあると思います。
 私の視点でございますけれども、宗教に悪いイメージがついたというのには、つまり日本人の精神的荒廃というのは明治の神仏分離にあると思うのです。心のよりどころとしての神さまと仏さまとを分けたことが、大きく影響していると。そこにさらに戦後になって、国は宗教に手をつけなかった。だから、日本人はみんな宗教音痴で、宗教って何かと聞かれたら、これだと答えられる人がほとんどいないのです。
 私は、ご本尊ご開帳をいたしております機会に、古来の日本の神道と仏教ともう一遍手を握ろうと考えまして、京都神社庁長をされている京都の石清水八幡さんに、「どうか神式で観音さまにご供養していただけないか」ということをお話しましたら、「やりましょう」と言っていただいた。これから後、いろいろなことがあるのでしょうけれども、神さまと仏教とがもう一遍手を握って、そして神仏習合という明治以前に帰って本当の日本人の先祖を思うとか、あるいは他人を思うとかいうようなところに持っていきたいなということを思っているわけです。
<宗教の原点、人間存在の原点>
 宗教というこれは religion という横文字を縦にしただけの話です。religion といいますのは、結合という意味です。ですから、仏教は絶対神を持たない宗教ですから、汎神論ですけれども、宗教という言葉そのものは、「宗」という字は「旨」という字です。「むね」という字はいろいろな字がございます。家でいうなら棟、上棟式をするのです。人間の胸、人間にとって一番中心であって、一番基本という。これは「みんな勝手は相ならん」というもの。それが「宗」なんです。その相ならんものを人として相ならんものと教えるのが宗教ということなのです。だから、人間にとって一番基本になるのは何か。人間存在の尊厳。私の手という言葉に対応するのはこれなのです。私の耳というのに対応するのはこれなのです。人間存在の尊厳というものに対応するのは、「私はこうして生きている」ということではないかと。仏教も、そこへ行くということなのです。仏教も人間存在の尊厳と、この命の尊さへつながっていく。それが今日の結論と思うわけです。
 何々宗とか、何々教とか、そんなものではなくて、宗教全体からいく。人間の命を粗末にするようなものが、宗教であってはいけないということなのです。人間の命そのものを大切にする、それを一番に唱えるのが、宗教でなくてはいけない。こんなに世の中が便利になりました。けれども、安心ですか、世の中が平和ですか、人間の価値が上がりましたか。私はおそらくマイナスだと思います。それは何故か。人間一人一人の生命の尊さに対して希薄になってきているからです。哲学的な言葉を使ったら、「普遍的な人間の価値に目覚めよ」と、2500年昔にお釈迦さまがおっしゃいました。その尊い存在というものが、我々一人一人の存在であるということに、帰るとおっしゃったのではないだろうか。そのことに気付いていくというのが、心のご開帳ということです。自分一人の存在の尊さを自覚しないものに、他人の尊さが分かりますか。自分の親はどうでもいいと思う人が、人の親を大切にできますか。私は、自分の命の尊さをはっきりと自覚できる、実感できる教育が大切だと思います。
 思想家のマンホの言葉で、「自分を愛さない人間は他人を憎む」と。「自分を軽蔑する人間は他人の命も軽蔑する」と。つまり教育というものは、自分の存在、自分一人の存在というものの尊さというものをしっかりと植え付けていく。同時に他の人も同じように自分のことを思っているのだということ、そしてそれが実感できるような、そういうものがまずもって大切であると。そこから、道徳であるとか、あるいは倫理であるとかというところに入っていくのではないかと。だから、基本というものを我々はもっともっと勉強していかなければいけないのではないかなと。いままでお話した仏教を通して感じるものでございます。

 今日は皆さん方、貴重な時間でございますのに私の話をご清聴いただきまして誠にありがとうございます。この会場におられる皆さん方、人間の命に対して、大変ご尽力を賜っております。敬意を表するしだいでございます。本日はありがとうございました。