「周産期診療を巡るリスクの回避について」

福井愛育病院 副院長  山本 宝 先生
<産婦人科での訴訟
 医事関連訴訟では、全訴訟:922件のうち診療科目別で産婦人科が113件(12%)をしめている。
その産婦人科訴訟の中でも、周産期診療に関わる訴訟がほとんどである。
諸外国の中で、周産期死亡率は半分の3.6%であり、国内の周産期診療に実際に携わっている4割〜5割の有床診療所によってきめ細かい治療が行われていることが伺える。
 今日の周産期診療におけるトラブルを更に減らすために、2004年に日本産婦人科医会から「良き産婦人科の10ヶ条」が提言され、厚生労働省も注目している。

 妊産婦の立場から、お産のそのものは病気ではなく、お産の「快適性」を求める声が多い。しかし医師の立場からみると母体の状態は良く分かるが、胎児の状態は超音波監査などを試みてもわからないことが多く、安全性に関しては常に気を抜けない状態である。
<周産期診療でのトラブル>
周産期の医事紛争の中では分娩事故が最も多い!
日本産婦人科医会の調査結果(平成12年5月から1年間、医事紛争225件)によると、分娩事故は158件(70%)であり、特に日勤から準夜への移行帯、準夜帯や夜間帯に多い。

分娩事故(158件)の内訳

1)、分娩に伴う母体異常・・・57件
          母体死亡・・・21件
           児死亡・・・16件
2)、分娩に伴う新生児死亡・・・96件
          母体死亡・・・1件
           児死亡・・・27件
3)、産褥時の異常・・・5件
分娩トラブルのうち児に関するものは、
 ・新生児仮死に起因する重度後遺症と医師の責任
 ・双子の一方の新生児の脳障害による死亡と医師の責任
 ・胎児仮死による新生児の脳障害と分娩措置の適否
 ・胎児仮死が出現し、帝王切開を行うも児に重度脳障害を残した場合の医師の責任

産婦人科領域の訴訟紛争は厳しい状況にある!(日本医師会雑誌、平成14年5月15日号)
脳性麻痺の結果を産婦人科医療機関が全責任を負った場合、
 120万人(年間出生数)×0.2%(脳性麻痺の出生頻度)×2億円(請求額)=4800億円
 120万人×40万円(平均分娩費)=4800億円
 今の状態が続けば、周産期医療は産業として成立しない!
<分娩が原因の脳性麻痺について>
 1956年〜1989年の死産、新生児死亡、
 脳性麻痺の発生率(分娩1,000例に対する)の推移(西オーストラリア)図1
新生児死亡
死産
脳性麻痺
帝王切開率(%)

胎児死亡が減少し、帝王切開での出産が増えている。死産は防ぐことができているが、脳性麻痺は変化していない。

分娩を経過した児がCPの場合
CPの発生時期は以下の3通りの可能性があると考えられる
 @分娩前発症のCP
 A分娩前の発症した児に分娩時のasphyxiaが加わった場合
 B分娩中のasphyxiaが原因のCP
しかし、分娩時のFHRパターンから3者の選別は困難であるが、CP児が生まれた場合には、Bのみと関連づけられて問題にされる!

現在、陣痛促進剤の使い方をみても、治療のスタンダードが不明瞭で、いつも現場は不安である!!
しかも、その際いつも争点になり問題になるのは、
 1)、どの陣痛促進剤を、なぜ使用するのか?(41WG〜、また42WG〜?)
 2)、分娩監視装置の装着とその評価について
 3)、胎児仮死から帝切までの時間について
<正期産新生児仮死と脳性麻痺について>
分娩中の低酸素症と脳障害
分娩中の低酸素症により児に中枢神経障害が発生した場合は、以下の4条件がすべて存在する!
 1.臍帯動脈血pH<7
 2.34WG〜の児では、分娩後初期に中等度以上の新生児脳症発生
 3.新生児は痙性四肢麻痺が多い(運動異常を伴うこともある)
 4.外傷、血液凝固疾患、感染症、遺伝的疾患などが除外されること
   (米国小児学会と米国産婦人科学会の共同提言:2003年)
副次的な5条件
 1)、陣痛直前や分娩中に低酸素症発生の出来事が存在する。
 2)、突発し、持続する徐脈、継続する連発一過性徐脈や変動一過性徐脈を伴う児心拍数の
    細変動消失。
 3)、アプガールスコアが5分で0〜3点である。
 4)、出生後2時間以内に多臓器障害(MOF)の発生。
 5)、生後初期のMRIで単状でない大脳異常がみられる。
    (米国小児学会と米国産婦人科学会の共同提言:2003年)
胎児仮死と胎児ジストレス
・Fetai distress、birth asphyxiaなる用語は不正確、不適当な診断名であり、
 nonreassuring fetal state(安心でない胎児の状態)なる表現を用いる。
   (1998年のACCGの提言)
・「胎児仮死」は保険請求上の診断名である。

 わが国における正期産新生児仮死の調査報告(日本産婦人科医会:2000年報告)
先天異常のない正期産児の中で、1分後アプガールスコア4点以下、または5分後6点以下で
出生しNICU入院した新生児(152例)を対象に2年間フォロアップした調査結果である。
 アプガースコア
(≧4:142例 ≦3:21例)と児の予後
 図2
 Birth asphyxiaと児の予後 図3
 
中枢神経学的予後不良例における
産科異常の比較(%)
 図4

羊水過少 胎盤早期剥離 IUGR 骨盤位 分娩促進
                 臍帯異常 貧血因子 なし
胎児心拍数パターン(発生頻度%)と
予後との関係
図5
神経学的症候と予後との関係 図6
神経学的予後と先天異常の関係 図7
Birth asphyxiaによる中枢神経障害が生じる場合
正期産児では、持続性徐脈が出現した時点から30分以内に脳基底核に障害が生じる!
(Nacyc:Am.J.Obstct Gynccol 184;217.2001)

胎児仮死と診断して緊急帝切(執刀)を行うまでに要する時間は?
30分以内が望ましい!(国立病院並の医療水準をもつ26施設の見解:平成4年の我妻調査)

安全な周産期診療(母体の安全と新生児死亡・CPの回避)を行うには、
 1.周産期医事紛争の実態と係争点を把握する(これが周産期診療のEBMと考えよ!)
 2.スタッフのリスクセンス(リスクの共有)を養成する
 3.医療事故に備える(ヒヤリハット:院内感染対策、MRSAなど)
<われわれの病院の取り組みについて>
病院の取り組みについて
 @ 両親学級と夫(家族)の分娩立ち会いの奨励
 A 周産期診療で必須の3つの手段の充実と徹底
   (超音波検査、NST、臍帯動脈血pHの測定)
 B 新生児・NICU部門の独立
 C 定期的な産婦人科・小児科合同の周産期症例の検討会を実施
   (ハイリスク妊娠症例とNICU児経過の提示、症例ごとの小児科医の分娩立ち会いの検討、
    両科のカルテ連携など)
医師・助産師・看護師間の検討内容
 1.ハイリスク妊娠についてどこまで管理できるか?(リスクを医師、助産師、看護師で共有)
 2.自施設のNICDレベルを把握(妊娠28週以降ならOK)
 3.24時間、同じ医療レベルを維持できるか?
   (産婦人科、小児科の当直医師と待機医師の確保)
 4.小児科医によるプレネイタルビジットの実施
   (小児科医によるハイリスク妊娠の理解、ハイリスク分娩での立ち会い、
    新生児は小児科医が診察、多胎児家族の親睦会(えだまめクラブ)による
    多胎妊婦へのメンタル・サポート)

客観的(現場に居合わせなかった第三者も納得しうる)に妊娠中の胎児の状態を判断できる手段は以下の3つである!
 1).胎児の超音波検査スクリーニング
 2).連続胎児心拍数モニタリング
 3).出生直後の臍帯動脈血pHの測定

1.超音波検査の充実
 @超音波検査スクリーナーの養成
  (3または4MG、5MG、7MGと9MGに実施)(胎児心臓エコーのエキスパート)
 A分娩中、随時医師以外に助産師も超音波検査を実施(回施異常の発見に役立つ!)

2.NST(ノンストレステスト)
 @NSTの集中監視システムの充実
  (内時計のチェック、36WG以降は毎週実施:外来、病棟詰所、医局の3ヵ所に設置)
 A助産師、看護師向けのNST勉強会を定期的に開催(常にリスクを意識、新人への研修)
 B分娩中は全例連続胎児心拍数モニタリングを施行(疑問ならば3cm/分、記録用紙の保存)

3.臍帯動脈血pHの測定
 全例、出生直後に産科医師(場合により助産師)が臍帯動脈血を採取し、直ちにpH測定し、
 その結果は必ずカルテに添付する。

妊娠中に、クラミジアやGBSが陽性の場合は、生まれてきた新生児に感染がみられることがあるので、入院後、CBCとCRPを測定し、特にGBS陽性では6時間毎にビクシリン1グラムを静脈注射し、6時間毎にビクシリンを投与する。それ以外の場合、37週未満で、破水後5時間以上経過した場合、フルマリンを投与。37週でGBSを測っていない場合やGBSがマイナスであってもフルマリンを投与する。

分娩直後の新生児の検査について(小児科医とディスカッションした結果)
 1).羊水混濁が強い場合、赤ちゃんの末梢血でCBC・CRPなどを測り、羊水混濁が
    2+・3+であれば必ず小児科医に報告。
 2).破水後24時間以上経過して生まれた場合は、末梢血でCBCなどを測定する。
 3).新生児の体重が2500g以下の場合は、デキストンチェックを行う。
 4).新生児の3800g以上では、2時間、5時間、8時間後にデキストンチェックを行う。
 5).2500g以下の場合、24時間排尿がない場合は尿測を開始する。
 6).クラミジア・GBS陽性で生まれた場合、外陰部と咽頭周囲を綿棒で検査する。
出生後小児科へ転科させたほうがいい場合
 1.2500g以下の新生児
 2.末梢血の検査で2回検査を行った場合
 3.児に心臓病の病名が付いたり、羊水混濁が強かった場合
 4.破水後12時間以上経過した場合
助産師・看護師に指導するNSTの見方(リアクティブとは?)
 基線が1分間に110から160の心拍数があれば大丈夫。
 基線の細変動が少なくとも5bpmであればリアクティブ、アクセリレーションが15〜20分以上
 あればリアクティブである。一過性に徐脈がある場合は、変動性徐脈か、遷延徐脈か、必ず
 判断する。なければファステスト
 随時、羊水量や臍帯血流をチェックする。 
一過性徐脈の見落とし
 児の心拍数が1分間、120から160あっても、下がったら15bpm以下でなくても注意
 5bpm以下の低下により死亡寸前の症例もある。基線の再変動をいつも注意させる。
 遅発性一過性徐脈の見落としをなくすよう注意する。
胎盤早期剥離は見逃さないように注意
 妊娠中毒症がなくても、胎盤早期剥離が起こる場合がある。
 妊娠中にお腹が痛い場合は必ず受診させる。
 性器出血がなくても、しばしばお腹が痛い場合があるので注意。
 処置として、ウテメリン(20mg)1アンプルをブドウ糖100ccに希釈して症例をみながら
 投与するとよい。

医師・看護師だけでなく薬剤師や調理師もミスをしたら申告して、職員一丸となってリスクを防止するように努めることが大切である。